名古屋地方裁判所 昭和60年(ナ)485号 決定 1985年12月16日
債権者
奈良トヨタ自動車株式会社
右代表者代表取締役
徳田博
右代理人弁護士
佐藤公一
債務者
破産者株式会社ジャパンリース破産管財人
野島達雄
第三債務者
有限会社ラブロン
右代表者代表取締役
香川勤
主文
一 本件申立中、別紙差押債権目録(2)記載の債権の差押を求める部分を却下する。
二 申立費用中、右差押申立に関する部分は債権者の負担とする。
理由
一債権者は、別紙差押債権目録(2)記載の債権につき、「債務者が第三債務者に対して有する同目録記載の債権を差し押える。」との差押命令を求める申立をした。その理由とするところは、債権者は債務者に対し、別紙請求債権目録(2)記載の債権(自動車売買代金)を有するが、債務者がその支払をしないので、別紙被担保債権目録(2)記載の動産売買の先取特権(物上代位)に基づき、債務者が第三債務者に対して有する前記差押債権目録記載の債権(自動車のリース料債権)の差押を求める。というのであつて、債権者が担保権を証する書面として提出したのは、(1)債権者が債務者を相手方として作成した当該自動車の販売明細書、(2)当該自動車の所有権が債務者にある旨の記載のある登録事項等証明書、及び(3)債務者及び第三債務者間で作成された自動車リース契約書、である。
二(一) よつて按ずるに、自動車(ここで念頭に置くのは専ら登録済自動車のことである。)も実体法上は動産であるから、民法三一一条五号、三一二条に従い、その売買による先取特権の発生を当該自動車の上に認めるべきものである。而して自動車に対する担保権実行については、民事執行法(以下便宜上単に「法」という。)一条、道路運送車両法九七条三項、二条によつて民事執行規則(以下単に「規則」という。)の定めによることになる。具体的には本来その一七六条に従うべきこととなるのであるが、本件は担保権(先取特権も担保権の一に相違ない。)に基づいて直接当該自動車の競売を求めているのではなく、先取特権に基づいてその賃料債権に対してなす所謂物上代位の場合であるから、規則一七九条一項によつて法一九三条一項後段に戻り、即ちこの規定が債権者のここで申し立てているが如き権利行使の根拠となることになる。
(二) そこでその内容を吟味するに、その文言によれば担保権の物上代位については同項前段と「同様」であるというのであるから、「同様」であるべき要件の具体的内容を同項前段に基づいて確定すべき必要があるところ、当裁判所はこれを物上代位権の行使「は、担保権の存在を証する文書(権利の移転について登記等を要する……財産権を目的とする担保権で、一般の先取特権以外のものについては、一八一条一項一号から三号まで……に規定する文書)が提出されたときに限り」許される、と読むべきものと解する。而してここでいう「登記等」とは「登記又は登録」の意であり(法一五〇条)、自動車については登録をしなければ所有権等の権利の得喪・変更を対抗できない(道路運送車両法五条一項、自動車抵当法五条一項)のであるから、自動車は法一九三条一項前段括弧書にいう「権利の移転について登記等を要する……財産権」に該当し、ひいて自動車の売買による先取特権に基づく物上代位権を行使するためには、同括弧書が引用する法一八一条一項一号ないし三号の文書をもつて担保権たる先取特権の存在を証明することが必要であることになる。
ここでいう先取特権は売買それ自体によつて発生するものであるから、上記の文書によつて債権者・債務者間で当該自動車の売買のあつたことが証明されなければならないのであるが、本件で債権者の提出した文書のうち、私文書である自動車販売明細書(当事者間で作成された契約書でも同じ)は法一八一条一項一号ないし三号の文書に該当せず、他方自動車登録事項等証明書は同三号の文書に該るがこれは単に債務者に当該自動車の所有権があることを示すのみであつて、債権者・債務者間で当該自動車の売買があつたという先取特権発生の事実まで証するものではなく、結局債権者の本件申立は法一九三条一項後段が求める同項前段の要件を満たさず、失当であることに帰する。
(三) このように解することは、自動車の場合に登録事項証明書が上に見た通り売買その他の権利移転事由を証明し得るものではないことから、動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使するには事実上は当該自動車の売買を証する公正証書(法一八一条一項二号の文書)が必要であるという結論を承認することである。しかしながら、右先取特権に基づいて直ちに当該自動車の競売を申し立てること、即ち担保権をそのまま実行する場合には規則一七六条二項によつて法一八一条が準用されているのであつて一般の先取特権の場合を除けばその一項一号ないし三号の文書が必要なのである。ここでかような文書が必要とされている以上、その物上代位の場合にも同様の文書の提出を求めることは何ら不当なものとはいえないし、却つて物上代位の場合の時のみ担保権の存在を証する文書という法定の要件を緩和することこそ何ら合理的な理由を有し得ないものとせねばならないであろう。
(四) 当裁判所の解釈は、法一九三条一項前段の括弧書部分を同項後段に準用するに当つて、「その他の財産権」のうち「その他の」の部分を捨象して読むことである。蓋しそう解さないと、「登記等を要する」財産権につき物上代位の場合と担保権実行の場合とで開始の要件が余りにも均衡を失した結果となるからである。この点につき、物上代位権の行使の時に法一八一条一項の文書を必要とするのは法一九三条一項前段にいう「その他の財産権」の場合のみであり、それ以外の財産権(例えば不動産、自動車)の時にはこのような文書を必要としない、とする解釈(結果は同じことになるが、登記、登録を要する財産権であつても物上代位の目的となるのは常に債権であることを理由に、法一九三条一項後段で準用されるべき同項前段の内容を、「……債権……を目的とする担保権の実行は……担保権の存在を証する文書が提出された時に限り……」と読み、担保権の存在の証明に必要なのは単に「文書」であるとする解釈)があり得るかも知れないが、当裁判所はこのような解釈は到底採り得ないものと考える。このような解釈は、当該財産権について前記の通り担保権の実行(競売)の場合に求められる文書との対応が全く均衡を欠くだけでなく、例えば不動産上の抵当権に基づく物上代位権行使の場合にも単に何らかの文書があれば足り、登記簿謄本さえも要しないという結果を導くことになるからである(立法担当者も同旨の意向であつたことにつき、浦野雄幸著「逐条解説民事執行法全訂版」、昭和五六年商事法務研究会刊、六五九頁一四行目以下、同著「条解民事執行法」、昭和六〇年同研究会刊、八七九頁一三行目以下各参照)。自動車の場合には、動産でありながら登録が必要であるという特別の事情から、その担保権と登録のあり方の交錯が複雑な問題を提供する結果となつていることは否定できないが、登記・登録の余地の全くない一般の動産の場合はともかく、自動車については現に権利の移転・得喪に登録が必要とされている以上、以上のような解釈は論理上の帰結であると思われる。
(五) 以上の通り、自動車の売主がその売買代金について当該自動車に対して先取特権を行使する(物上代位の場合であると否とを問わず)には法一八一条一項一号ないし三号所定の文書をもつて担保権たる先取特権の存在、即ち当事者間の当該自動車の売買のあつたことを証明することが必要である。
この結果、前述した通り自動車の売主が売買の先取特権を保全しておくためには、登録事項等証明書が単に所有権の所在を示すのみで、債権者からの売買によつてこれが移転した事実を証することができない(もつとも当該自動車につき、売買と同時にこれに対して抵当権が設定され、その旨が登録事項等証明書に記載されている場合には、その抵当権に関する記載のうちに売主が当該債権者である旨及び当該自動車について売買契約が締結された旨が示されており、ひいて同証明書だけで先取特権の存在が読み取れることになつて、同証明書を、担保権の登録がなされているものとして即ち法一八一条一項三号の文書に該当するとし得る場合も考えられよう。)以上、その旨の公正証書(法一八一条一項二号の文書)を用意しておく必要があることになろう。しかしこれは法令の定めるところであるから已むを得ないことであるし、更に自動車という高額でかつ登録を要する特殊な商品について、売買の先取特権を保全しようとする者に対して今後一般的にこのような運用を求めることは強ち不相当とはいえないものと解される。
三以上の判断によれば、本件債権者の申立は法定の要件を満たさないものであるからこれを不適法として却下することとし、訴訟費用の負担については法二〇条、民事訴訟法八九条を適用して、主文の通り決定した次第である。
(裁判官西野喜一)
差押債権目録(2)
(2)金二、四六五、三〇〇円
但、債務者が第三債務者に対して、昭和六〇年七月二〇日別紙自動車目録(二)記載の自動車を貸し渡したことにより有する昭和六〇年一二月二〇日から同六六年六月二〇日まで各月二〇日に支払われる月額一〇五、〇〇〇円のリース料債権の内、上記金額に満つるまで。
被担保債権及び請求債権目録(2)
(2)金二、四六五、三〇〇円
但し、債権者が債務者に対し、昭和六〇年七月一八日別紙自動車目録(二)記載の自動車を販売したことにより有する売買代金の残額。
自動車目録
(二) 自動車登録番号
ナ 二二 サ一五九三
車 名 トヨタ
年式並びに型式
六〇年BB二一
車台番号
BB二一−〇〇〇四〇三四
原動機の型式 三B